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2019.11.05 [インタビュー]
アジアの未来『失われた殺人の記憶』公式インタビュー

人は反省しても、ひとりでは変わることができない。社会の手助けが必要だと思う。
失われた殺人の記憶
失われた殺人の記憶

© 2019 TIFF

東京国際映画祭公式インタビュー 2019年11月1日
キム・ハラ(監督)
 
ひどい二日酔いで目覚めたジョンホは、手が血まみれなのに昨夜の記憶がない。まもなく警察がやってきて、別居中の妻が殺されたと告げる。警察の疑いを、ジョンホは否定することができずに逃亡。記憶の欠落を埋めようと、事件の真相に迫っていく――。CM、ウェブドラマで才能を磨いたキム・ハラ監督の劇場用映画第一作は、韓国社会の世相を巧みに散りばめたクライム・サスペンス。監督のみならず、脚色、製作総指揮も引き受けている。
 
──脚本もプロデュースもすべて手がけられていますが、最初にこの作品のアイデアはどこから生まれてきたのですか?
キム・ハラ(以下、キム監督):初めは、日常的な物語を映画にしたいと思って、ヒ・ナリの描いたウェブ漫画を原作として購入しました。気に入った点は、スリラーの構造を持っていたことです。今の時代は、結婚して子供を産んで平凡に生きるのが難しい時代だと思います。原作はそうした世相を語る、いい素材になると思いました。
キム・ハラ
 
──骨格としては原作に忠実なのですか?
キム監督:原作はごく短いうウェブ漫画なので、軸になるところは、そのまま脚本に取り込みました。内容全体では60%くらいは原作のままで、残りは新たに付け加えていきました。
 
──ストーリー構成が緻密なので、かなり練り込んで作られた印象があります。監督ひとりで考えられたのですか?
キム監督:脚色を一緒に手がけたのが、この映画にも出演しているムン・ダウンという女優です。構成自体は私が決めて、撮影する直前までずっと脚本を書き続けていました。
 
──ネタバレになりますが、最後は意外な印象でした。かなり意識されましたか?
キム監督:結末は冒頭のシーンに続いて、大切だと思っていました。結局、主人公は変わらない。いや、変われない姿で幕を引きます。人というのは、反省してもなかなか自分ひとりでは変わることができない。
社会が何らかの助けを差し伸べてくれなければ、人というのは変われないということを感じてもらいたかったので、かなり、結末のシーンはこだわって撮りました。
 
──ラストに、キャンピングカーの賭博場が登場しますが、新しいアイデアだと思いました。
キム監督:最初は、大きな観光バスを借りて撮ろうと思っていましたが、観光バスにカーテンをかけるのが、韓国では違法になっていたのですね。賭場にするためには、最初はカーテンを開けておけて、後で閉められるものはないかと考えて、思いついたのがキャンピングカーでした。
 
──これが監督第一作で、それまでコマーシャルなどを手がけられていたのですね。
キム監督:20歳の時に映画監督になりたいという夢を持ちました。まずドキュメンタリーのプロデューサーになり、その後12年間も広告会社に勤めました。40歳になったのを機に、自分の作品を作るために、広告会社を退社して自分の会社を作りました。
そこで最初に撮ったのが、「疾風企画」というウェブドラマです(韓国のNetflixで配信)。約3年間スタッフを集め、自分でも経験を積んで、映画を撮るための準備期間に充てていました。ドラマを撮り終えたあとにこの映画を撮ることになりました。
最初の1本を映画祭にご招待いただいて、応援していただいたと思いますし、上映していただいて感激しています。
 
──どれくらいの期間で、脚本を練り上げたのですか?
キム監督:最初に6か月くらいかけて第4稿まで書き、完成稿にたどり着くまでに、1年半くらいかかりました。撮影する直前までずっと直していましたね。一緒に脚色をしたムン・ダウンに望んだのは、若い人たちの考え方を反映させたかったからです。彼女自身が、大学の文芸創作学科に通って小説を学んでいたので、若い人が理解できるかどうか判断してもらいたかったのです。主人公は30代くらいの男ですが、女性の視点から見たらどう映るのかも気になりました。とにかく、若い視点をストーリーに反映させたかったのです。
キム・ハラ
 
──劇場用映画第一作、撮影中、予想もしない苦労に見舞われませんでしたか?
キム監督:映像化していく作業は、コマーシャルを撮っていた頃も、難しいながらも見えないものを一から作っていく楽しさがありました。ただ映画の撮影となると、予想もしないトラブルが起きます。それに対処するのが大変でしたね。対処には予算が必要でしたが、私たちには余裕がなかったので苦労しました。特にロケーションが大変でした。
例えば、ある場所にセッティングや美術を加えたい、カットやアングルを変えたいなどと思いながらも、叶わないこともありました。時間が限られているなかで、最高のものを目指そうと、本当にスタッフ全員で頭を突き合わせて意見を交換して、何とか対処するべく方策を練る日々でした。
絶対にこれだけは撮ろうと思っていたのが、冒頭とラストのシーン、雪が降るシーンと、賭博場(ゲームセンター)に入るシーンです。どういう状況になっても、絶対に撮りたいと思っていました。ただ、今になってみると、そういう苦労も楽しかったなと思います。
 
──今度はキャスティングのことを伺いたいんですが、主演の男優さんも印象的でしたが、金貸しのキム室長が強烈でした。
キム監督:おっしゃるとおり、キム室長は重要な役どころなので、オーディションで選びました。セオ・ジヨンは、ミュージカルの世界では大変有名ですが、映画は初めてでした。私の思い描いていたイメージとぴったり合っていましたし、本人もやりたいという強い意志を持っていてくれたので、お願いしました。実は原作ではあの役は男性で、登場する分量も少なかったのですが、映画では女性のキャラクターに変えました。
 
──この作品の成功によって、次の作品ももう計画されているのですか?
キム監督:次作もこの作品と同じように日常を描きたいとは思っています。現在は日常生活を乗り切っていくのが、非常に難しい時代です。その事実を語る映画を撮りたいのです。モチーフとかジャンルは違うにせよ、スリラーの構造は持った形で、またブラック・コメディーも入れたいですね。
私の考えるスリラーというのは、残酷なものではありません。私は岩井俊二監督の『Love Letter』もロマンス・スリラーだと思っています。緊張感のある、推理する構造の物語を撮りたいのです。
 
──若い頃から監督を目指していたということですが、目標とする監督はいますか?
キム監督:私はデヴィッド・フィンチャー監督がとても好きで、彼のようにスリラーを撮るのがうまい監督になりたいと思っています。韓国ではパク・チャヌク監督が好きですね。
 
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)
 


 
第32回東京国際映画祭 アジアの未来出品作品
失われた殺人の記憶
失われた殺人の記憶
©Dante Media Lab

監督:キム・ハラ
キャスト:イ・シオン、ワン・ジヘ、アン・ネサン

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