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2019.11.05 [インタビュー]
コンペティション『湖上のリンゴ』公式インタビュー

アシークになりたい少年の淡い恋を描く美しい寓話
湖上のリンゴ
湖上のリンゴ

© 2019 TIFF

東京国際映画祭公式インタビュー 2019年11月1日
レイス・チェリッキ(監督・脚本・編集)
ディレキ・アイドゥン(プロデューサー)

 
凍った湖上に食べかけのリンゴがひとつ。その来歴をめぐって、伝統楽器の演奏家アシーク(吟遊詩人)をめざす、少年ムスタファの悲しい恋物語がつむがれる。ムスタファはジョージアへ演奏旅行に行った際、手に入れたリンゴを恋する村娘に手渡そうとするが……。
『沈黙の夜』(12)で、TIFF最優秀アジア映画賞を受賞したトルコの名匠、レイス・チェリッキ監督の最新作。1960年の干ばつを背景に、信仰と迷信の間で揺れ動く少年少女の純愛を寓話風に描いている。
東京国際映画祭の上映で来日したレイス・チェリッキ監督と、製作のディレキ・アイドゥンさんにお話を伺った。
 
──この作品でアシークの存在を初めて知りました。トルコ文化のなかでどんな位置を占めているのでしょう?
レイス・チェリッキ監督(以下、チェリッキ監督):アシークはトルコだけでなく、イラン、アルメニア、ジョージアといった東方の国なら、どこにでもいます。インドや中国にも同様の存在を認めることができますし、日本にも、かつては吟遊詩人的な人がいたのではないでしょうか。アジアならではの口承文芸の伝統を受け継ぐ職業です。
東方の国では今でも、冠婚葬祭などでアシークが物語を語り起こす風習がありますが、残念ながらそれも年々失われつつあります。
レイス・チェリッキ監督
 
──老いたアシークの師匠が、ムスタファを厳格に指導します。音楽のレッスンというよりは修行に近い感じで、演奏する心構えや、精神的な態度を重視していますね。
チェリッキ監督:実際の指導は映画以上に厳格で、アシークが弟子を教育するのはひと仕事です。まず、「こんにちは」という挨拶から発声法を教え、弟子が人前で演奏できるようになるまで3〜4年はかかります。言葉の文芸ですので、指導には大変厳しいものがあります。
 
──朗誦はすべて即興で行われるのですか?
チェリッキ監督:その通りです。師匠がムスタファに、「今日はどうやって来たのか歌ってごらん」と言いますよね。そうして特訓しながら、唇を動かさずに発声する方法を身に着けていき、人前で即興演奏しながら語る術を体得していくのです。
 
──師匠役のズィエティン・アリエフさんと、ムスタファ役のタクハン・オマロフ君はどのように決まったのでしょう?
チェリッキ監督:本物の師匠と弟子に演じてもらおうと思っていたので、キャスティングには大変苦労しました。トルコにもアシークがたくさんおりますが、役にふさわしい師匠と弟子が見つからなかったからです。
たまたまドキュメンタリーの撮影でジョージアに行きまして、トルコ系の人々や、アゼルバイジャン系の人々がともに住む土地に行きました。そこで知り合ったアシークとその弟子が、神髄を極めた歌と演奏を披露するのを聴いて、彼らにしようと決めました。
 
──ムスタファが恋する村娘、ギュルベヤズ役のマリアム・ブトゥリシュヴィリさんは、どうやって見つけたのでしょう?
チェリッキ監督:ジョージアの映画監督、ギオルギ・オヴァシヴィリの『とうもろこしの島』(TIFF2014上映)に子役で出演していたのを観て、印象に残っていました。
 
──ムスタファのほうが年下で、ギュルベヤズのほうが年上の設定ですね?
チェリッキ監督:撮影時はマリアムさんが19歳、オマロフ君は14歳だったでしょうか。望みのない恋とわかっていながら、年上の娘に恋をするのです(笑)。
 
──ギュルベヤズはセリフのない象徴的な存在です。
チェリッキ監督:彼女が象徴しているのは、女性に発言権のない、閉塞的な社会です。旧弊な社会で望まない結婚を強いられ、自分の理想とか意思を実現できない状況です。
ディレキ・アイドゥン(以下、アイドゥン):実は、あの役を象徴的にしたおかげで、私たちはマリアムさんを起用できたんですよ。マリアムさんの容姿を監督が気に入ってぜひ起用したいということで、セリフのない役にしたのです(笑)。
ディレキ・アイドゥン
 
──リンゴにはさまざまな寓意がありますが、ムスタファとギュルベヤズの関係をみた場合、どんなことが言えるでしょう?
チェリッキ監督:リンゴは、彼らが楽園から追放される要因です。囓ることがなかったら楽園に踏みとどまれたのか。あるいは、囓れば運命を変えられるのかといった問いかけが寓意されています。
湖上のリンゴ
 
──製作にはどんな苦労がありましたか?
アイドゥン:私は今回、チェリッキ監督の作品に初めて関わりましたが、監督は、ほかの監督とはまるで違うやり方で映画を製作しています。少人数のクルーを用い、すべては監督が統率していて、わたしもセットを飾ったりして大変よい勉強になりました。人数が少なければ立ち現れる問題も少ない。これは利点です(笑)。
チェリッキ監督:私は、これまで製作担当をつけたことがありませんでした。クルーも極力最小限が基本で、日本で最初に上映された『頑固者たちの物語』(04)では、撮影も音楽もすべて自分で担当したくらいです。
今回、アイドゥンさんに製作を任せた最大の理由は、彼女が、カメラにも照明にも編集にも精通していて、インターネットも達者だからです。多方面に優れているので、彼女と仕事ができて良かったです(笑)。
 
インタビュー/構成:赤塚成人(四月社・「CROSSCUT ASIA」冊子編集)
 


 
第32回東京国際映画祭 コンペティション出品作品
湖上のリンゴ
湖上のリンゴ
©Kaz Film

監督:レイス・チェリッキ
キャスト:タクハン・オマロフ、ズィエティン・アリエフ、マリアム・ブトゥリシュヴィリ

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