Close
2019.11.05 [インタビュー]
コンペティション『アトランティス』公式インタビュー

“愛こそが死に勝る”というメッセージが伝わって欲しいと思います
アトランティス
アトランティス

© 2019 TIFF

東京国際映画祭公式インタビュー 2019年11月2日
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ(監督)
アンドリー・リマルーク(俳優)

 
近未来のウクライナ東部、PTSDに苦しむ元兵士のセルヒーは、廃墟になった大地、バラバラになってしまった人生を受け止められずにいる。働いていた製鉄所が廃止となって、彼は戦死者の死骸を掘り起こすボランティアに参加する。この作業を通して、彼はありのままの自分を取り戻せるのか。
ドキュメンタリー作家であり、フィクションも世界的な注目を浴びるヴァレンチン・ヴァシャノヴィチが圧倒的な映像で問う、人間再生のドラマ。
 
──この作品が誕生した経緯から伺います。
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督(以下、ヴァシャノヴィチ監督):テーマとして据えたのが、ウクライナで起きている戦争です。これまでに、戦争をテーマにした映画はいくつも撮られていて、優れた作品はたくさんありました。ただ、それらの映画は戦争終結から時間を経たものが多いのです。私は、現在、行われている戦争が終わったあとの反ユートピアの近未来を想定し、この作品に取りかかりました。
目的は、ウクライナではロシアとの戦争が今もなお続いていることを、全世界に向けて思い起こさせるためです。戦争の結果として何がもたらされるか。人の死であり、おびただしい数の遺体であり、また精神的なトラウマを負って生き続ける人々です。そういったものを描きたかったのです。
ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
 
──荒涼とした風景がリアリティーをもって迫ってきます。選んだ風景はいずれも実際に戦闘が行われていた場所なのですか。
ヴァシャノヴィチ監督:実際に紛争が起きている地域から20キロくらい離れた場所で撮影を行ないました。大部分はウクライナの東部、ロシアと戦争が継続している地域です。ウクライナの東部は工業地帯として有名ですが、戦争で多くの製造所が停止の憂き目に遭っています。
アンドリーは戦争の経験があるので、彼と専門家(軍事コンサルタント)を招いて、それぞれのシーンがリアルになるように、ファンタジーにならないように意見を仰ぎました。
 
──PTSDに苦しむ主人公が、最後に人間的な要素を取り戻していく展開ですが、アンドリー・リマルークさんは共感できましたか?
アンドリー・リマルーク(以下、リマルーク):兵士の死の場面から始まり、最後のシーンでは主人公が人間として復活していく様子が描かれています。死から始まり、復活で終わる。同情という意味ではなく共感しています。自分の置かれた立場で、将来をどう見据えていくかという点でね。主人公と私には共通点がたくさんあります。唯一違っている点は、主人公は孤独ですが、私には家族がいることです。
私も戦争を経験して、戦争で、たくさんの死を見てきました。似通った状況の中で、将来をどのようにとらえていくのか。だから撮影は時に私にとって難しいものでした。
最も辛かったシーンは、主人公がかつて家族と住んでいたアパートの部屋に入っていくシーンです。家族が亡くなって荒廃した部屋で、自分の人生を一度リセットして、そこからどうやってまた生きていくのか。
ヴァシャノヴィチ監督:本作のメッセージは、非常にシンプルなものです。すなわち、「愛こそが死に勝るものだ」ということです。フィクションという形で、難しい状況にある人間が、将来に対してどういうポジティブな出口を見出していくかを伝えたかったわけです。
アンドリー・リマルーク
 
──こういうストーリー展開にするのは、監督自身が最初から決めていたのでしょうか?
ヴァシャノヴィチ監督:シナリオは、当初書いたものから8割ほど変わりました。私はもともとドキュメンタリーから始めたもので、それぞれの登場人物が経験してきたことに興味があるのです。作品を撮るにあたっても、それぞれの登場人物やロケーションを考慮に入れ、展開はどんどん変えていきました。
 
──映像の描写力の強さは、監督がドキュメンタリーを撮り続けた結果だと思いますが、この作品をあえてフィクションにした理由を聞かせてください。
ヴァシャノヴィチ監督:ドキュメンタリーを撮るにあたっては、非常に多くの制約があります。すべてが、撮影対象となる人間の状況に依存してしまうからです。例えば、対象が私たち撮影者側に十分に心を開いてくれない。自分の殻に閉じこもってしまう可能性もあります。そうなると、監督としての意図は十分に伝えきれません。
今回はドキュメンタリー映画の要素も取り入れ、撮影にあたっては非常に綿密なリサーチを行って、その情報をもとにストーリーをモデリングしていく形で進めました。ドキュメンタリーの手法を用いつつ、撮影をする監督の自由度も取り入れるコンビネーション方式ですね。フィクションは、監督の裁量によって決められる部分がいろいろありますからね。
 
──実際に制作する時に、こういう作品に予算は集まるものですか?
ヴァシャノヴィチ監督:予算はつきます。私たちの国では、撮影予算の半分は国の映画関連の機関が出してくれます。ただし残りの半分は、映画のプロデューサーが調達しなければなりません。最近、ウクライナでは映画に関する法律が変わって、本作のようなアートハウス系の映画だと、コンペティションに参加して選ばれれば、国から予算がもらえるようになりました。コンペは一般公募で、透明な形で選考のプロセスが行われます。特別な鑑定委員会があり、専門家がそれぞれの作品を評価します。選ばれた際は、撮影予算の全額が国から出ることになっています。
 
──ウクライナは恵まれていると言えますね。
ヴァシャノヴィチ監督:ウクライナ人監督は西ヨーロッパではまだまだ認知度が低いので、私たちの作品が、ヴェネチアのような大きな映画祭で賞をいただけたのは非常にありがたいことでした。このことによって、今後、西ヨーロッパのどこかの国と共同制作をする際、共同プロデューサーを見つけることも簡単になるでしょう。
アトランティス
 
──今後はドキュメンタリーとフィクション、どういうバランスでやっていきたいですか? 
ヴァシャノヴィチ監督:どちらも好きですが、シナリオを書いて制作するフィクションのほうが私にとっては簡単で、スピーディーにできるものだと思います。
次作は、すでに国内のコンペで選出され、製作が決まっています。早ければ年内に関係者と契約を交わして、撮影の準備に入りたいと思っています。英語のタイトルが“Reflection”という作品です。家族の死を目の当たりにした10歳の女の子の目を通して、子供なりに死とは何か、魂とは何か、肉体とは何かを考えていく作品です。
nbsp;
インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)
 


 
第32回東京国際映画祭 コンペティション出品作品
アトランティス
アトランティス
監督:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
キャスト:アンドリー・リマルーク

オフィシャルパートナー