人間としての愚かさや、人間の本能を演じるのは、役者としてやり甲斐がある
『動物だけが知っている』
東京国際映画祭公式インタビュー 2019年10月29日
ドゥニ・メノーシェ(俳優)
ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ(女優)
『ハリー、見知らぬ友人』(00)で一世風靡したドミニク・モル監督の『動物だけが知っている』がコンペティション部門で上映。フランスで起こった女性の行方不明事件の“謎”が南アフリカにまで及ぶ展開が圧巻! キーパーソンとなる中年男ミシェルを演じたドゥニ・メノーシェと若い女性マリオン役のナディア・テレスツィエンキーヴィッツにお話を伺った。
──『ハリー、見知らぬ友人』で一世を風靡しながら、25年以上のキャリアで本作が6作目という寡作の巨匠ドミニク・モル監督。
その新作にキャスティングされた経緯は?
ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ(以下、テレスツィエンキーヴィッツ):私は有名ではなかったので、オーディションを2度ほど受けました。オーディションというのは受ける側にとってはすごいストレスです。でも、そこにいたモル監督は俳優たちを信頼してくれて、リラックスさせてくれる素晴らしいムードメイカー。おかげで、私はオーディション自体を楽しむことができました。
──ドゥニ・メノーシェさんは有名俳優ですから、オーディションは受けてないですよね?
ドゥニ・メノーシェ(以下、メノーシェ):ああ、僕はすごく有名だからね(笑)。モル監督が『ジュリアン』(17)を見てから電話をくれて、脚本を送ってくれました。実は、最初は農場主のジョゼフの役を演じてくれないかと言われたのですが、僕はミシェルを演じたいと言ったんです。
──どうしてですか?
メノーシェ:それは、直感でしかないのです。脚本は面白すぎて一気に読みました。アガサ・クリスティの小説のような、人間関係が入り組んでいるストーリーが好きなんです。コーエン兄弟の映画『ファーゴ』も、登場人物がみんなちょっとずつ愚かで好き。だからミシェルに魅力を感じたのかもしれません。
とにかく、何も計画しないで演じること、流れに身を任せることを試してみたかった。彼は全く思ってもいない厄介ごとに雪だるま式に巻き込まれる。俳優としては、人間としての愚かさや、本能のようなものを演じるのは楽しかったです。
──ミシェルは、あなたが『ジュリアン』で演じたDV男のような怖さをはらんでいるけれど、実はメロドラマのような恋に憧れてもいるイノセントな内面もある。その二面性が、物語に意外性を与えていると思います。
メノーシェ:そういう複雑さを演じるのが僕の仕事だからね(笑)。自分の中のいろんな面を探って見つけてキャラクターに反映していく。
僕は繊細と粗野を併せ持つことを恐れません。それが人間だと思うし、だからこそ、みなさんに共感してもらえる。想像の世界の中で、キャラクターとしての自分に正直に生きる。演技プランとか計画とかはしません。その瞬間を生きることにしています。面白い仕事です。
──メノーシェという演技派の大先輩との共演の感想は?
テレスツィエンキーヴィッツ:たくさんのアドバイスをいただいて感謝しています。特に、マリオンが泊まっているキャンピングカーにミシェルが来るシーン。マリオンは彼を暴漢だと思って撃退するんですけれど。
この時ドゥニは、「僕を本当に出て行かせるくらいに本気で叫ばないと、出て行かないからね」と言ったのです。だから、私は本気で叫びました。でも、「まだ出て行かないよ。もっともっと大きな声で!」と言われて、声が枯れるまで叫びに叫んで。おかげであのシーンが撮れました。
──過去と現在の交錯に加え、舞台もフランスから南アフリカまで広範囲に広がる。撮影は、どのように進行しましたか?
メノーシェ:予算と時間が限られている中で、とにかく雪のロケーションは必須だったので、雪に覆われたフランスの農場の撮影優先にしました。
テレスツィエンキーヴィッツ:いつも、天候によってスケジュールが変更しますから、臨戦態勢でした。「はい、今から撮るよ」と言われても大丈夫なように準備していました。
メノーシェ:南アフリカのシーンが、最後のロケでした。ここでモル監督の素晴らしい人柄を物語るエピソードがあります。というのも、アフリカで出演した若者たちはみんな素人。でも、モル監督は丁寧に優しく演技指導をして、彼らから素晴らしい演技を引き出していった。
本当に彼らの演技は、本質的で深くて素晴らしかった。そういう演技を引き出せたのは、やはり監督の人間性のなせるワザだと思います。
──『ハリー、見知らぬ友人』や本作から察するに、なんとなく気難しい哲学者のイメージがあるのですが、ドミニク・モル監督はどんな人ですか?
メノーシェ&テレスツィエンキーヴィッツ:とんでもない!
メノーシェ:ひょうきんで、ウィットに富んでいて、温和な人なんです。それに、映画は目に見えないモンスターだということを、彼はわかっている。
「ああしろ、こうしろ」と命令すれば、モンスターはスネてしまう。俳優やスタッフにある程度自由にやらせることで、モンスターも心を開いてくれる。彼は賢いから、その真髄をちゃんとわかっているのです。僕は“ドイツのクリント・イーストウッド”だって、いつも言っているんですよ(笑)。
テレスツィエンキーヴィッツ:あるシーンで、監督自身が求めているイメージがわかっているのに、どう形にしたらいいのか、迷っていることがあったんです。そこで、撮影前に私たちを集めてどうすべきかを話し合って、みんなの意見を聞いてくれました。
提案する自由をくれる、役者の思う通りにやらせてみる。それがとても嬉しかったし、演じやすかったです。
──出来上がった作品を観た感想は?
メノーシェ:自分の出演している作品を観るのは、まるで留守番電話に録音された自分の声を、200人の人たちと一緒に聞いているようなもの。作品自体は素晴らしいと思っていますが、自分の声を留守番電話で聞いたような、「うわっ、僕の声ってこんなのか」みたいな感じ。いつまでも慣れないんです。
テレスツィエンキーヴィッツ:撮影に後半から参加したせいもあって、今回は観客として映画に入り込めました。他の人の撮影に立ち会っていないシーンが多かったですから。たとえば、アフリカのシーンも完成品で初めて見ましたし。
その上で思うのは、それぞれの登場人物が、違う方法で存在しない愛に希望を持っていることで、みんなが誰かに愛を与えていると信じているんです。けれど、実はみんな独り。みんな孤独で、未来を見失っている。だからこそ愛のために戦っているのだと思います。
メノーシェ:人間というのは、一面的ではない。ダイヤモンドのようにたくさんの面がある。その多面的な人間の心理を、監督独自の様々な視点から浮き彫りにした作品だと思います。
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)
監督:ドミニク・モル
キャスト:ドゥニ・メノーシェ、ロール・カラミー、ダミアン・ボナール