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2019.11.03 [インタビュー]
コンペティション『ラ・ヨローナ伝説』公式インタビュー

ラ・ヨローナは、実は“正義をもたらす人”という意味があることが重要です
ラ・ヨローナ伝説
ラ・ヨローナ伝説

© 2019 TIFF

東京国際映画祭公式インタビュー 2019年10月31日
ハイロ・ブスタマンテ(監督/脚本/編集)
 
中南米で知らぬ者はいない、有名な怪談話「ラ・ヨローナ」。今年、これをモチーフにしたホラー映画がハリウッドでも制作されたが、グアテマラの俊英ハイロ・ブスタマンテ監督は、同国で起きたジェノサイドの記憶とリンクさせたファンタジー・スリラー『ラ・ヨローナ伝説』に仕立て上げた。
80年代の内戦時、ジェノサイドを指揮した、元将軍エンリケに対する裁判から物語は始まり、彼が夜になると女性の泣き声が聞こえる、という「ラ・ヨローナ」のお約束が用いられる。
 
──ラ・ヨローナの怪談は、どれほど中南米の人達に浸透しているのでしょう。
ハイロ・ブスタマンテ監督(以下、ブスタマンテ監督):日本のみなさんが想像する以上に、ものすごくポピュラーです。たとえばメキシコには、「ラ・ヨローナ」を含めて3大アイコンがいます。あとのふたりは、「グアダルーペの聖母マリア」、そして「マリンチェ」という侵略者コルテスが、現地の通訳として働かせていたネイティブの女性。
マリンチェとコルテスとの間には子供がひとりいて、その子供をコルテスが、スペインに連れていってしまったんです。子どもの連れ去りというところで、「ラ・ヨローナ」のベースにもなっているんじゃないかと言われているんです。そんなわけで、今でも「泣いているのが聞こえる」と恐れる大人がいるほど有名なんですよ。
それにはまず、ラテンアメリカと中米の文化を理解して頂かなければいけません。私たちは、マルケスなどで有名なマジック・リアリズムの中に暮らしているから、そういう伝説が息づき、生活の中に自然と入り込んでいるんですよね。
実はラ・ヨローナを演じた主演女優(マリア・メルセデス・コロイ)は、この間、マリンチェを主人公にした映画に出たんです。ラ・ヨローナとマリンチェを演じたので、あとはグアダルーペの聖母マリアを演じれば、コンプリートですね(笑)。
ラ・ヨローナ伝説
 
──では、ラ・ヨローナは生活の中での「戒め」として生きている?
ブスタマンテ監督:そう、子供の頃から戒めとして聞かされています。ラ・ヨローナの伝説の中で私がいちばん好きなのは、「罪人であるラ・ヨローナの泣き声が聞こえるのは、自分も何か罪を犯しているから」ということ。私はラ・ヨローナが、「正義をもたらす人」であるという意味で、この伝説が好きなんです。
なぜかというと、伝説に出てくる女性は受動的な女性が多いですよね。実際、ラ・ヨローナの話は長い歳月をかけて怪談としてのパワーを奪われていって、その名のとおり泣くしか能がないオバケになりました(ラ・ヨローナ=泣く女)。でも、彼女の泣き声が聞こえる時は、自分も何か悪いことをしたからだと思えるのは、彼女に正義をもたらす人という役割があるからです。
 
──文化が時代と共に形を変えていくことを象徴していますね。
ブスタマンテ監督:文化は変わるんですが、伝説は変わらないんですよね。たとえば、聖書だって時代に合わなくなって面白味がなくなっていますから。ラ・ヨローナみたいに、女性は居るべき場所に居ないと男性に捨てられるなんてことを、私たちはもう信じていません。だから変わりゆく時代の中、この作品でもともとの伝説の内容を変えることに抵抗はありませんでした。
映画をホラーストーリーにしたのは、そもそも映画の要素として、ジェノサイドというホラーの要素があるからです。私の三部作の1作目(『火の山のマリア』)と2作目(『Temblores(原題)』)は、人から聞いた話がベースになっていて、マリアさんという人から話を聞いたあと、同じような経験をした人々に取材を重ねて生まれた2作です。
でも3作目となる本作は、同じ手は使えませんので、どのようにメッセージを伝えていくかを重視しました。そこで観客がどういう映画が好きかを調査したところ、ホラーだったら新しい世代の人たちの支持が厚いことが分かり、そこでホラーの要素を取り入れることにし、「子どもを失った女性が泣く」というラ・ヨローナの話が必然的に合致したんです。
 
──このジェノサイドに関しては、2作のドキュメンタリー(リオス=モント大統領を追いかけたパメラ・イエーツ監督作『グラニート─独裁者を追いつめろ!(Granito: How to Nail a Dictator)』『500年―権力者を裁くのは誰か?(500 Years)』があります。
そこで映された実際の裁判の情景と、本作の冒頭にある裁判の情景がそのままのように見えました。

ブスタマンテ監督:それは意図的に似せてるんですが、実はちょいちょい違うものを入れ込んでます。たとえば、本当は真っ白な部屋だったのをわざと暗い部屋にしたり、記者が真ん前にいたのを真後ろにしたり。政治的な攻撃があるかもしれませんのでね。ただ、裁判のスピリットは変えたくなかったので、先住民活動家のリゴベルタ・メンチュウさんのシーンだけは忠実に撮りました。
パメラ・イエーツ監督のドキュメンタリーの映像は、実は作中で活かしているんです。将軍の娘が写真を見ている時に、後ろで流れている映像がそれです。
 
──30年以上前とはいえ、ジェノサイドをきちんと裁く21世紀を迎えたグアテマラには、悪政に立ち上がる力があるように見えます。
ブスタマンテ監督:私も、民衆に立ち上がる力があると信じたいと思っています。1作目の『火の山~』にしてもそうなんですが、ゴロゴロいっているけれども噴火はしない。つまり、不満を抱えた民衆を社会が押さえつけていることを、火山で表現しているわけです。
大統領を裁いた実際の裁判の時は、誰も今のチリのようにデモをしませんでした。本作に出てくるデモは、当時の人々が抱えていた不満を象徴する魂であり、現実にはなかったことです。確かに、アラブの春みたいなことがあって、前の大統領と副大統領を弾劾したんですが、悪意のある政治家が多いので、みんな希望を失っているんですよね。ある政治家を引きずり下ろしたところで、次もまたひどい政治家が現れますから。
そこで、私が敬意を払ったのは、デモではないにせよ、実際に声を上げた人たちです。裁判のシーンで証言をする女性がいますよね。あの人も、実はジェノサイドの犠牲者で、ご主人を殺されているんです。
あのシーンのモノローグを書くために、彼女と1週間くらい打ち合わせをしていた時、彼女は、「小さな違いはあるものの、これはまさに私が経験したことです」とおっしゃいました。そして、あのシーンの撮影中には、将軍が出てきた時に彼女が当時のことを思い出して、「もうやりたくない」と言い出したんです。フラッシュバックしてしまったんですね。それで将軍役の役者が彼女に、「僕は役者であって本人じゃないから」と言い聞かせていました。そのくらい傷が深いんですね。
デモ隊を演じた人々も、家族を探している人たちですし、裁判のシーンに出てくる人たちも、何らかの形で被害に遭っている、ジェノサイドの被害者なんですよ。
 
──では、現実のグアテマラの状況はどうでしょう? 社会の分断はありますか?
ブスタマンテ監督:まだ分断が続いており、民間レベルでは人種差別が最大の問題。もう一方では、ゲリラと軍という政治的な分断があります。私たちもこの映画を作ったことでゲリラ扱いされていますが、犠牲者は両方の側から出ていると思います。
コロンビアの元大統領、シモン・ボリバルが、「国が国民に武器を向けてはいけない」と言っていたように、まずは国を裁かなければならないと思っています。
 
インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
 


 
第32回東京国際映画祭 コンペティション出品作品
ラ・ヨローナ伝説
ラ・ヨローナ伝説
© COPYRIGHT LA CASA DE PRODUCCIÓN – LES FILMS DU VOLCAN 2019

監督:ハイロ・ブスタマンテ
キャスト: マリア・メルセデス・コロイ、マルガリタ・ケネフィック、サブリナ・デ・ラ・ホス

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