小さなプロダクションが製作したアート作品だからこそ、グランプリ受賞で多くの人に観て欲しい
審査委員長チャン・ツィイー 公式インタビュー
東京国際映画祭公式インタビュー 2019年11月5日
チャン・ツィイー (第32回東京国際映画祭コンペティション部門国際審査委員長)
牛舎の世話をする叔父と姪の、愛溢れる物語を淡々と描いたデンマーク映画『わたしの叔父さん』が、東京グランプリに輝いた。
近未来のウクライナを舞台に、PTSDに苦しむ兵士を主人公にした『アトランティス』が、審査委員特別賞を受賞。
そして、ドイツの鬼才ドミニク・モル監督の『動物だけが知っている』は、最優秀女優賞と観客賞、イラン映画『ジャスト6.5』も最優秀監督賞と最優秀男優賞をダブル受賞。
多様な14作品が勢ぞろいした第32回東京国際映画祭コンペティション部門の審査委員長、チャン・ツィイー氏に、選考過程について詳しく伺った。
──『わたしの叔父さん』がグランプリに選ばれた決め手はなんですか?
チャン・ツィイー審査委員長(以下、審査委員長):今、映画作りの環境は大きく変わっています。ハリウッド、日本、中国もそうですが、世界の映画製作者は売れる映画、商業映画、コマーシャル映画といった、大衆受けしやすい映画をたくさん作っています。それはそれで、いいのだと思います。
ただしその一方で、映画を愛する観客、あるいは映画人としては、何らかの価値のある、社会的に有意義な作品をもっと観たいと思っているのも事実です。
そして、『わたしの叔父さん』には、そういうものがありました。この映画の人間の感情描写はとても穏やかで、流れているように感じます。たとえば、朝食を食べるシーンが繰り返し描かれていますが、その表現は全部異なっている。
こういう感情の機微は、国籍の違い、年齢の違いに関係なく、誰もが持っているものです。その普遍の感情を、この映画は丁寧に描いていました。
──満場一致で決まったそうですが?
審査委員長:私たち5人の審査員は、この映画が大好きでした。そして、映画祭の意義というのは、こうした作品を多くの人たちに紹介し、より多くの人に観てもらうことにあるという共通の認識のもとに選びました。
デンマーク映画なのに、デンマークの人たちですら知らない小さなプロダクションの映画をグランプリに選んだ。
私たちは、東京国際映画祭で有意義なことをしたと、自負しています。
──議論の末に選んだ賞はありましたか?
審査委員長:こんなことを言ってもいいのかしら?(笑)。
──是非、知りたいです!
審査委員長:審査委員特別賞の『アトランティス』だったと思います。でも、みんなで討論することはいいことです。たとえば、最優秀芸術貢献賞を受賞した『チャクトゥとサルラ』もそうです。とてもシンプルな物語で、バジェットも小さなものでした。しかし、この映画には独特なフレームワーク、カメラワーク、あるいは映画言語がありました。
ただしこういった映画は、必ずしも全員が好きになるとは限らない。私たち審査員の中でもいろいろな意見が分かれましたが、こういったアート系の映画は、映画祭において存在価値があるという意見は共通していました。
──最優秀女優賞については?
審査委員長:女優賞について、特にみなさんにお話ししたかった。受賞者のナディア・テレスツィエンキーヴィッツは、『動物だけが知っている』の中での出番は比較的短いものでした。そのこともあって、今回の決定はある意味、とても大胆な選択でした。
このような映画祭の場合、男優賞や女優賞を与える時、傾向としては最初から最後まで、映画の中に存在する役柄を演じた俳優に与えると思うのです。でも彼女(ナディア)が登場した時間はわずかでした。
私たち審査員は、彼女の持っている素晴らしい資質、潜在能力、可能性を感じました。そして、この年齢の女優をこのような形で発掘できることは、私たちも映画に対して貢献をしているのだと確信したのです。
脚本も製作も俳優も、それぞれに新しい才能が発掘されれば、新しいエネルギーにつながっていく。そうすれば映画界全体が活性していくと信じています。
──サイード・ルスタイが最優秀男優賞を受賞した『ジャスト6.5』は、最優秀監督賞とダブル受賞ですが?
審査委員長:素晴らしい俳優です。彼が演じた役柄は、役者に演じる幅、空間をもたらした監督の演出のうまさも感じさせます。彼は悪役ですけれど、キャラクターにおいてもとても人間的な要素、情感を表現していました。
──多様な14作品を一気にご覧になって、女優としてのチャンさんが何か刺激を受けたものはありましたか?
審査委員長:いろいろな国の、いろいろな女優さんの素晴らしい演技を目にした時には、「私が演じたらどうなるかしら?」とか、「こういう作品だったら、似たような物語を中国でも撮れるかも?」とも考えました。
今回の『わたしの叔父さん』なども、中国の市場に持ってきて、より多くの人々に観てもらえたらいいなぁとも思いました。
──コンペティション全体に対しての忌憚のない印象は?
審査委員長:正直に申し上げれば、レベル的にちょっと低いなと思う作品もないとは言えませんでした。14本全部がクオリティの高い素晴らしい作品揃いとは言えないと思います。でも、これはどこの映画祭でも当たり前のことです。
映画祭はスポーツ大会とは違います。スポーツの場合は、それぞれが競い合う予選があって、最後に残るのはトップレベルのアスリートたちですから。これらの作品を観て私が感じたのは、東京国際映画祭というのは、非常に包容力のある、キャパシティの広い映画祭だということです。
たくさんの新人監督を受け入れ、新しいアイデアや、時には大胆で実験的な映画まで全部を受け入れていることに感心しました。言ってみれば、これが東京国際映画祭のひとつの特徴であり、DNAでもあるのではないでしょうか。
──東京国際映画祭は、今後どのようにすれば発展できると思いますか?
審査委員長:たとえばカンヌ国際映画祭を例にとると、あの映画祭は知名度も高く、あそこだったら最高峰の監督たちがマスターピースを出品し、みなさんが競って参加しますよね。では、東京国際映画祭には一体どういう作品が集まるのか? そういうことをじっくり考えて、より良い作品を上映できることを広く認識してもらうことが大事だと思います。
そして、東京国際映画祭はずっと芸術性を追求してきた映画祭だと私は思っていますから、今後もその点を、芸術性を求めていくべきだと思います。
中国人俳優の私にとっても、東京国際映画祭はとても大きな存在で、地位の高い映画祭だと思っています。この映画祭の持つDNAを大事に受け継ぎつつ、より活発になっていくことを願っています。
インタビュー/構成:金子裕子(日本映画ペンクラブ)