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2019.10.17 [インタビュー]
発見に満ちたクリストファー・ドイルとのコラボレーションと不変の創造性:手塚眞監督『ばるぼら』公式インタビュー

手塚眞監督公式インタビュー

©2019 TIFF

 
いまさら、手塚眞監督の初期の作品史を書く必要があるのかと思いながら、それでも歴史を辿った方が、このインタビューは分かりすいのかもしれない。
まずはここから触れよう。
高校生作家として、1979年に『UNK』が、81年に『HIGH-SCHOOL-TERROR』が「ぴあフィルムフェスティバル」に入選する。その後、初期の代表作となる8ミリ映画『MOMENT』(81)を製作。
近田春夫製作総指揮による『星くず兄弟の伝説』を監督したのは85年。その後は、ヴィジュアリストとして、本編はもちろんPVなども製作する。
因みに、大林宣彦監督は『MOMENT』に出演しているし、さらにいえば、79年の時からぴあフィルムフェスティバルの審査員でもあった。
年代は前後するが『Sph』(エスフィ)は、83年に撮られたインデペンデント映画(当時は自主上映と言った)で、製作、脚本から、演出、撮影まで彼が全て手掛けている。
映画を始めたころから、製作の全てに渡って自身でやってきた手塚眞にとって、年月が経ち、今やその道の専門家と組むことは、一方の開かれた扉に流れ込む、新たな創造の萌芽になるのだ。
 
――『ばるぼら』はいつ頃から映画にしたいと思っていましたか? 
「手塚治虫生誕90周年記念」に当たる、昨年秋に発表なさったけれど。

手塚眞監督(以下、手塚):あのタイミングは偶然なのです。それこそ“ばるぼら”のお導きみたいな感じで(笑)。
内容は特殊ですし、きっかけがないと始められないだろうと思っていたなかで、具体的に企画化したのは5年前ですね。
やはり自分のカラーといいますか、何本か撮っているうちに自分の作品の傾向みたいなものが分かってきて、そうすると、ますます『ばるぼら』は自分にピッタリだと思って、いつかは必ずやりたいと意識していました。
 
――キャスティングに関してですが、あのお二人によく決まりました。
手塚:あの二人はよくぞ決まったと、僕も思っています。
企画から製作まで時間がかかった理由は、やはりキャスティングが大きいです。僕自身は、それほどセンシティブな役柄でもないだろうと思っていたのですけれど、俳優さんたちにとっては色々なチャレンジがあるみたいで。
実は、二階堂(ふみ)さんの名前は5年前も浮かんではいたのですが、当時は未成年だったこともあって、こちらでも躊躇していたのです。そうこうしているうちに彼女も20歳を超えて、センシティブな役もやるようになっていました。じゃあ、思い切って頼んでみようというところから、すべて決まっていったという感じですね。
 
――二階堂さんと『ばるぼら』の親和性ってすごいですね。
手塚:最初に思ったのは、あの役は相当化けないとできないというか、魔女の役ですから普通ではやれないのですけれど、二階堂さんだったら資質からいうとピッタリ合っているのではないか、と。ですので、こちらからあまり要求を出さないで、結構、好きにやってもらいました。けれど、ちゃんと漫画の「ばるぼら」になっていることに感心しましたね。
 
――この世のものか、あの世のものかという中間な感じを、ばるぼらに演出した感じがしました。
手塚:いろいろな見方ができるのですが、一種のファンタジーだと僕は思っているのですね。だからそのファンタジーに出てくる「ばるぼら」という存在は何か。それをどうこう考えるより、むしろ女優さんが表現することに僕がついていった方が今回はいいのではないかと思いました。
 
――稲垣(吾郎)さんには注文を出したのでしょうか。
手塚:役について彼とは、撮影が始まる前に2~3時間二人だけで話しただけなのですよ。
まず彼が、どうやるのか見たかったというのもあるのですが、カメラの前にポンと出た瞬間に「これだ!」という感じだったので、あまり注文は出さなかったですね。
稲垣さんもすごく内容を理解していたようです。だから逆に、「ここはこんな感じでいいですか」とか、ちょっとした仕草など聞いてきて、お二人ともきちんと準備してきたのだなと思いましたね。
 
――撮影がクリストファー・ドイルさんということも話題です。
新宿の地下道で、稲垣さん扮する美倉とばるぼらが出会うシーンはいいですよね。ドイルさんにはどういうイメージを伝えたのでしょう。

手塚:今回の映像に関しては、クリスさんとコラボレーションのつもりでいました。ただ、彼の方からどういうイメージにしたいかをかなり細かく聞いてきたので、こちらも細かい資料を作って、こんな色にしたいとか、こういう雰囲気が欲しいという話をして、彼がそれを咀嚼して現場で作っていったという感じがします。
あのファーストシーンなんかは、彼の腕が振るわれたところですよね。ロケーションで撮っているのですが、現場にいた僕らもびっくりしちゃって。まるでセットみたいに、もちろんいい意味で(笑)。本当に映画の中の世界がそこにパッと出てきた感じが凄かった。
 
――バーを出たばるぼらが新宿の街を歩き、そこに詩が重なる場面とか、手塚さんとドイルさんのコラボの雰囲気が良く出ていた気がしました。
手塚:映画というのは、もちろんすべてがコラボレーションなのですけれど、僕の場合はいつも自分のカラーを全て出して決めていくタイプですよね。
場合によっては役者さんの動きも決めていく位のこともあったわけですが、今回はクリスさんが来た段階で、映像はコラボレーションにしようと思ったのです。
極端な話、俳優に関しても二人で演出しようという気持ちだったのですよ。クリスさんもそれを分かって、脚本通りじゃなくて自分たちがやりたいことを、まず、やってみるという姿勢でした。
「今日はあなたに“ばるぼら”を預けるから、あなたの“ばるぼら”を撮ってくれ」と言ったのが、あの傘をさして歩いているシーンで、それはとてもうまくいったと僕は思っているのですけれど。
 
主演の稲垣吾郎と二階堂ふみにスポットを当て、今回は出来るだけシンプルな作品を目指した。
手塚眞監督公式インタビュー
 
――あそこで、ばるぼらのイメージもみている側に定着して、いい感じだな、と。
手塚:自分の映画の作り方というのは、もちろんいろいろ準備をして撮影でもこだわってやりますけれども、一番、自分の味が出せるところは最終的に編集ではないかと。今回はクリスさんに撮ってもらったものを、それを僕が使って映画を作ることができたというのは、やはりすごく楽しかったですね。
おそらく僕の作品というのは、リアリティや写実的というよりは、やはり頭の中にあるものを画にしていっていると思います。そこで見えているビジュアルは、僕にとっては光だったり色だったりが大事で、それはずっとやってきたわけです。
今回、ポストプロダクションの作業をクリスさんと一緒にベルリンまで行って、そこのスタジオでやったのです。それも僕にとっては新しい経験だったのですが、そこで作られていく映像なり音なりが、不思議なことに自分が求めているものに一番近いという感じがすごくしたのです。そして、この作品が熟成していく時間が、海外での作業じゃなかったかという気もします。
 
――原作の舞台は70年代後半ですが、映画は今的な感じもします。その辺りの時代性はどう考えられたのでしょうか。
手塚:そもそもいつの時代でも、極端な話どこの国でも作れる話でもある。
逆にいうと、70年代の日本を再現しようと思ったら、多分、僕がすごく拘ってしまうのです。そうすると、製作のスケールも変わってくるし、自分の気の遣い方も変わってきてしまう。
今までは、そういう映画も作ってきたけれど、今回はできるだけ自分の中ではシンプルな作品にしようと思っていましたね。
とにかく、主演の二人にスポットを決めて、その二人だけを撮りたいという考えを持っていましたから。なるべく余計な要素を外した場合、それには現代の日本ということで撮るのが一番だと思いました。
 
――後半で転調していくというか、山小屋に来てから違う感じになるのも、ドイルさんと手塚さん二人の意向で進んでいったのですか。
手塚:クリスさんが名カメラマンだと思うのは、自分の意見を押し通すのではなく、決めるのは監督です、と。
まずは、監督が何を求めているのかを聞いて、それから役者を見て自分はこうやりたいというのをやり、それに対して意見があれば言ってくださいと言われました。
あのシーンなどは、かなり繊細に作っていきましたね。特に山小屋のような限られた空間での芝居というのは、ひとつ間違うと非常に退屈なものになってしまうので、そうならないように意識しながらやったという感じですね。
 
――今年の映画祭は大林宜彦監督の特集があります。その年に手塚さんがコンペに出品するというのは感慨深いです。
手塚:大林さんの前作『花筐』の時に、僕も『星くず兄弟の新たな伝説』が同時期で上映されているのですよ。で、地方に行ったら、映画館によっては同じ日に上映されていたり。やっぱり縁が切れないなと思っていたのです(笑)。
そしたら今回、『海辺の映画館–キネマの玉手箱』でお声がけ頂いて、僕もチラっと出ているし、稲垣さんも出演しています。だから、なんとなく大林ファミリーの中に取り込まれたような気がちょっとしていましたけれど。でも、やはり嬉しいですね。
 
――今作とその前の『星くず兄弟の新たな伝説』(18)では作風が全く違いますよね。
手塚:僕の映画は、学生の頃から傾向がはっきり分かれていて、賑やかでポップで笑わせる路線と、しっとりとして不思議な世界みたいな二つの路線があります。
そういう意味で言うと、最初に『MOMENT』とか8mm映画があって、それが『星くず兄弟の新たな伝説』にずっと繋がっている世界なのですが、『ばるぼら』の前に『白痴』(1999)とか『ブラック・キス』(06)とかあって、遡っていくと学生の時に新宿を舞台にした映画を撮っているのですね。
それは『SPh』という16mmの映画で、これも新宿の地下街に現れる女性の妖精の話なのです。これは自分で意識したわけではないけれど、もう一方も、やはりそこに繋がっていくのだなと思って。
だから父親の原作をやりたいと思ってはいましたが、実は今回、正統的な手塚眞映画の路線だなという感じはすごくしているのです。
自分なりの今の形は、その流れのなかから作れたと思っていますね。初めて『ばるぼら』で僕の映画をご覧になる方は、なぜ手塚治虫のこの作品なのかって思うかもしれないけれど、昔から観てる人にとってみれば、当然の選び方だと思うでしょうね。
 

2019/9/26
インタビュー/構成:小出幸子(TIFF)

 


 
第32回東京国際映画祭 コンペティション部門出品作品
ばるぼら
ばるぼら

©Barbara Film Committee

監督:手塚 眞
キャスト:稲垣吾郎、二階堂ふみ、渋川清彦、石橋静河
上映日:
11/03 [SUN] 16:40-
11/04 [MON] 20:20-

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